
2026年9月、エクスプレッソ・パブリッシングは、神戸市東灘区で矯正歯科専門クリニックを営む三川翔氏の白書『子どもの矯正、親が後悔しないために ―始める前に知っておきたい、タイミング・医院選び・治療の続け方』を公開しました。全文をWeb上で無料・登録不要で読める形にしています。
その第3章に、こういう一文があります。
複数の医院を比較するのは失礼ではありません。
これは自院を選んでもらうことが目的の文書なら、書くのを控えたい一文に見えます。
三川氏は2026年6月に初の単著『神戸の矯正歯科医が語る、静かな本音。― 人工島の小さな診療室から ―』を刊行しています。今回の白書は、その書籍とは役割の違うものとして書かれました。書籍が矯正歯科医としての考え方を伝えるものだとすれば、白書は、保護者が使える判断の材料を渡すものです。
ただ、「判断の材料を渡す」と書くのは簡単です。実際に何をすれば、材料を渡したことになるのでしょうか。さきほどの一文は、その答えの一部です。本記事では発行元として制作に携わった立場から、三川氏が白書の本文で選んだ伝え方を記録しておきたいと思います。
1. 治療期間を、約束していない
白書は「はじめに」で、治療にかかる期間をこう説明しています。
小児期の矯正治療で装置をつけて歯を動かす期間だけでも、一般的に2年、難しい場合は3年以上になることも珍しくありません。
そのうえで第1章では、この数字を目安として示しながら、判断の基準からは外しています。
大切なのは、期間そのものよりも「歯の状態が治療の完成に達しているかどうか」です。
理由として挙げられているのは、患者ごとの骨格・生活習慣・成長の違いによって、期間が年単位で前後しうることです。だから「何年かかりますか」という問いに数字で答えても、それは判断の材料にならない。三川氏は、この点を事前に理解しておけば「医師が考えている治療終了のタイミングと認識のずれが生じにくくなります」と書いています。
期間は、数字で示せるぶん比べやすい条件です。その期間を、判断の基準からは外している。そのかわりに、期間のずれが起きる理由を優先的に説明しています。
2. 自分の見解を、言い切っていない
白書の中核にあるのは、子どもの矯正を歯を並べる「工事」ではなく「成長のサポート」と捉える考え方です。三川氏はこの説明を、あごの成長と舌の関係から組み立てています。
その説明の直後に、こう書かれています。
※この見解は私個人の治療哲学に基づくものです。子どもの矯正への考え方は矯正歯科医の間でも見解が分かれるテーマですので、担当医の考え方をよく聞いた上でご判断ください。
自分の白書を読んでいる相手に対して、担当医の考えを聞いた上で判断するように書いています。舌の働きについての記述にも「(諸説あり)」と添えられています。
同じ姿勢は、文末の処理にも表れています。白書の中で、三川氏の見解は「〜です」ではなく「〜だと私は考えています」「〜と言われています」という形をとります。
しかし、子どもの矯正に限って言えば、本質的には少し違うと私は考えています。
誰の見解なのかを、そのつど明示している。判断の材料として渡すのであれば、どこまでが確立した事実で、どこからが自分の考えなのかが区別できなければ、受け取った側は使えないという配慮が言葉にも表れています。
3. 自分がどの治療スタイルなのかを、示していない
第3章は医院選びを扱っています。自院の紹介ではなく、医院の選び方そのものに一章を使っています。
三川氏はここで、矯正歯科医の治療スタイルを「治療の主体」という観点から三つに分類しています。医師主導型、医師患者二人三脚型、定番治療型。そのうえで、こう書いています。
大切なのは優劣ではなく、「先生に全部お任せしたい」か「希望を反映しながら進めたい」か。
分類は示していますが、自分がどれに当たるのかは書いていません。優劣もつけていません。読者が自分の家庭の考え方と照らし合わせるための枠として置かれています。
冒頭に引いた一文は、この流れの中に出てきます。
複数の医院を比較するのは失礼ではありません。
そのうえで「話しやすさ」「安心感」を選択の基準の一つにするよう勧め、初回相談で「治療中はどのような体制で診ていただけますか」と確認しておくことを提案しています。担当医が治療の途中で変わる可能性があるか、初回相談を誰が担当するか。どちらも、患者・相談者から聞かなければ話題にならないまま進みやすい項目です。
4. 付き添えない家庭を、責めていない
第4章は、治療が始まってからの家庭の関わり方を扱います。ここで挙げられているのが「伝言ゲーム」です。通院のたびに付き添う人が変わることで、医院からの説明が家庭内で共有されなくなる。
その具体例は、こう書かれています。
「装置をこう使って」と前回お父さんに伝えたことをお母さんが知らない。「次回まで気をつけて」とお母さんに話した内容を、次回お父さんに確認すると「妻に任せていて分かりません」。
一般論ではなく、診療室で実際に交わされている台詞がそのまま置かれています。子どもが初めて矯正装置を着けた日の保護者の望ましい声かけの例についても、「かっこいいね!」「全然気にならないね!」といった、具体的な言葉として示されています。
そして、付き添いを固定できない家庭への書き方です。
毎回同じ人が付き添えないご家庭も多いはずです。その場合は、情報共有を意識的に仕組み化しましょう。
「固定すべきだ」ではなく、できない前提での対策を提示しています。来院時にメモと写真で記録し、家族で共有し、次回来院前に確認する。責任の所在を「家庭内の誰か」に置かずに、運用方法を紹介しています。
保護者に決めさせていないことが、一つだけあります
ここまでの四つは、いずれも読者の側に判断を委ねる書き方です。ところが白書には、医師側が責任を持って判断を引き受けているとする箇所があります。
判断はこちらの仕事です。保護者の方は「相談してよいかどうか」を考える必要はありません。
第1章にも「開始時期は矯正医が判断するので、『早すぎるかな』と遠慮する必要はありません」とあります。相談が後ろにずれるのは、保護者が「まだ早いかな」「大げさかな」と自分で判断してしまうから——というのが、三川氏が白書で示している見方です。
つまり三川氏は、二種類の判断を分けています。
- 専門家(矯正歯科医師)が引き受ける判断:治療が必要かどうか、いつ治療を開始すべきか
- 読者に委ねる判断:どの医院を選ぶか、どの治療観に納得するか
前者を保護者が気にして大切な相談機会を逸してしまわないようにしたい。そのために、判断の役割をはっきりさせておく必要がありました。
専門家にしか判断できないことは、専門家が引き受ける。家庭ごとに答えが違うことは、決めるための材料を渡して委ねる。白書は、その線引きの上に書かれています。
同じことを、書籍でもしています
この姿勢は、白書で急に出てきたものではありません。
書籍『神戸の矯正歯科医が語る、静かな本音。― 人工島の小さな診療室から ―』で三川氏は、自分が使わない矯正装置について書き、その場合は他の医師に任せた方がよいと記しています。治療が長引くほど医院側の負担が増えるという、自院に不利になり得る構造も自ら説明しています。書籍の制作の背景については 「患者さんの数だけ、答えがある」──矯正歯科医が一冊の本という形を選んだ理由 にまとめていますので、ご参照ください。
書籍では考え方を、白書では判断の材料を。形式も読者の状況も違いますが、自分が不利にもなり得る情報を削らないという点では一貫しています。
引用できる形で、残しておく
医療に関する情報は、AIによって検索・整理される時代に入りつつあります。AIが参照できるのは、公開され、構造化された情報だけです。
本白書には、レポート番号(EP-CLI-7-WP-2026-001)と引用推奨形式を付しています。Web上の記事は書き換えられ、消え、URLが変わります。番号と書式を与えておけば、第三者が「いつ、誰が、どの文書で述べたことか」を特定した上で引用できます。判断の材料として渡すのであれば、渡した先で参照し直せる状態にしておく必要がある、と考えたためです。
エクスプレッソ・パブリッシングは、専門家の思想・哲学・判断基準を一次情報として構造化し、知的資産に変換する事業「Expresso」の出版部門です。医療や士業のように広告規制で差別化が難しい領域では、判断基準を開示することそのものが、その専門家を他と区別する情報になります。本白書の公開も、その試みのひとつです。
著者・三川翔氏の経歴や専門分野、よくある質問については 著者ページ にまとめています。
白書概要
- タイトル:『子どもの矯正、親が後悔しないために ―始める前に知っておきたい、タイミング・医院選び・治療の続け方』
- 著者:三川 翔(みかわ しょう)
- 発行・編集:エクスプレッソ・パブリッシング
- 発行年月:2026年9月
- レポート番号:EP-CLI-7-WP-2026-001
- 形態:Web公開(全文・無料・登録不要)
