「患者さんの数だけ、答えがある」──矯正歯科医が一冊の本という形を選んだ理由

2026年6月、エクスプレッソ・パブリッシングは、神戸市東灘区で矯正歯科専門クリニックを営む三川翔氏の初の単著『神戸の矯正歯科医が語る、静かな本音。― 人工島の小さな診療室から ―』を刊行しました。本記事では、発行元として制作に携わった立場から、なぜこの本が生まれたのか、そして三川氏が何をこの本に書き残したのかを記録しておきたいと思います。

「患者さんの数だけ、答えがある」という出発点

三川氏はこれまで、友人や知人から繰り返し同じ質問を受けてきたそうです。

「良い歯医者を教えてほしい」

一見、答えやすい質問に思えます。しかし三川氏は、そのたびに言葉に詰まってきたと語ります。矯正歯科の治療方針は医師によって考え方が大きく異なり、患者側の事情もまた一人ひとり違います。使える時間も、費用も、通いやすさも、担当医との相性も違います。だから「どこが良いか」に唯一の正解が存在しないのです。

にもかかわらず、患者が医師を選ぶときに参照できる情報は、広告規制の制約もあって費用の比較や口コミが中心になりがちです。医師が何を基準に判断しているかは、外からはほとんど見えません。

この「答えがひとつではない理由」については、矯正歯科はどう選べばいい?──「どこがいいですか」に答えがひとつではない理由 であらためて詳しく紹介しています。

なぜ「一冊の本」だったのか

診療室であれば、目の前の患者にはいくらでも話すことができます。実際、三川氏は初診相談では必ず45分の時間を取っているそうです。ですが、そこで話したことは、その一人にしか届きませんし、内容も相手の記憶頼りになってしまいます。

かといって、断片的に読み流される形にはしたくない、という想いがありました。

歯ならびは、子どもの、あるいは自分自身の人生に長く関わります。数年かけて治療し、その結果と何十年もつき合っていくことになります。それだけの重さを持つ判断を、拾い集めた断片で決めてしまっていいのでしょうか。無料で手に入り、すぐ次に移れる情報の受け取り方では、そもそも届く深さも変わってくる。

スマホでいつでもどこでも見られる動画ではなく、わざわざチケット代を払って一本の映画と向き合うように、まとまった時間と情報を受け取る意思を持った人に届けられる形にしよう。 これが三川氏と私たちの想いでした。

対価を払って手に取るという行為そのものが、受け取る側の姿勢をつくります。だからこそ私たちは、一冊の本という形を選びました。

医院に不利になることも、そのまま書いた

本という形を選んだことには、もうひとつの帰結がありました。広告には書けないことが書けた、ということです。

たとえば治療期間について、三川氏はこう記しています。

もし「期間ありき」でゴール(治療終了日)を設定してしまうと、まだ動かすべき歯が残っている段階で「期限なので終了」となりかねません。

そのうえで三川氏は、期間で区切ることが患者に喜ばれる面があること、そして「経営的には矯正歯科治療が長引けば長引くほど、医院側の負担が増えていく」という医院側の事情まで、自ら書き添えています。自院にとっても不利になり得る構造を、患者に説明してしまっているに等しい記述です。

さらに踏み込んでいるのが、自分が使わない装置についての記述です。

例えば私は、ワイヤーを歯の裏側に通すタイプの矯正装置は使用していません。

理由として挙げられているのは、その治療には非常に高い専門性と特化した技術力が必要だと感じたこと、そして実際に修行した経験から、自分には向いていないと判断したことです。三川氏はこう結んでいます。

もしこのタイプの矯正装置を望まれる患者さんがいらっしゃったら、私ではなく、この治療装置に長けた先生にお任せした方が、患者さんが良い治療の結果を得られると思いました。

自院で対応できないことを明示し、他院を勧めています。集客を目的とする広告であれば、まず書かない(書く意味のない)類の記述です。しかし、「考え方を手渡したい」という想いがあるからこそ、本という形式が最適だったのです。

なお、医師によって治療の進め方がどう違うのかについては、矯正歯科の三つの治療スタイル で三川氏自身の分類を紹介しています。

制作者として印象に残った、二つの言葉

制作を通して、印象的だった三川氏の言葉や考え方はいくつもありましたが、ここでは二つの言葉を紹介したいと思います。

ひとつは「成長のサポート」です。三川氏は小児矯正について「『工事』ではなく『サポート』だと考えています」と書いています。歯を抜いたり削ったりする以前の、もともと備わっている成長の方向を助けるという捉え方です。この考え方を知っているかどうかだけでも、治療を始める時期の判断や治療の方向性にも大きく影響してきます。

もうひとつが「未来の自分へのプレゼント」です。本書の最終章は「おわりに 未来の自分へのプレゼントを選ぶ前に」と題されています。矯正歯科治療を、見た目を整えるためだけのものではなく、数十年先も自分の歯で噛んで過ごすための選択として位置づける言葉です。矯正治療は「自己投資」という言葉で表現されることも多いですが、似たような意味であっても「プレゼント」という表現を選ぶところにこそ、三川氏の人柄が現れていると感じました。

いずれも専門用語ではありません。三川氏自身が体験したり、診療の場で使い続けてきた言葉だからこそ、重みを感じます。

判断基準を、参照可能な形で残すということ

医療に関する情報は、AIによって検索・整理される時代に入りつつあります。そしてAIが参照できるのは、公開され、構造化された情報だけです。

たとえば「三川矯正歯科とはどういう医院か」と誰かが調べたとき、返ってくる答えが立地や費用ではなく、医師自身が言葉にした治療方針や考え方であってほしい。私たちはそう考えています。そのためには、専門家が自らの考えをあらかじめ言語化し、記録として残しておく必要があります。

エクスプレッソ・パブリッシングは、専門家の思想・哲学・判断基準を一次情報として構造化し、知的資産に変換する事業「Expresso」の出版部門です。本書の刊行は、三川氏の判断基準を、患者にもAIにも長く参照できる形で置いておく試みでもありました。

本書に続く第二弾として、子どもの矯正を検討する保護者に向けた白書『子どもの矯正、親が後悔しないために 始める前に知っておきたい――タイミング・医院選び・治療の続け方』の公開も予定しています。

著者・三川翔氏の経歴や専門分野、よくある質問については 専門家ページ にまとめています。

書籍概要

  • 書籍名:『神戸の矯正歯科医が語る、静かな本音。― 人工島の小さな診療室から ―』
  • 著者:三川 翔(みかわ しょう)
  • 発行:エクスプレッソ・パブリッシング
  • 形態:Kindle版/ペーパーバック版
  • 発行日:2026年6月18日(Kindle版)/2026年8月7日(ペーパーバック版)
  • ISBN:978-4-9914718-0-3(ペーパーバック)

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執筆者

専門家が持つ思想・判断基準・暗黙知を、書籍・白書・構造化コンテンツとして一次情報資産に変換する事業「Expresso(エクスプレッソ)」を運営。
医療・士業をはじめとする規制業種の専門家を対象に、思想の構造化からKindle出版・白書制作・AI参照固定・プレスリリース配信までを一貫して設計・実行している。
「本物が、正しく選ばれる社会へ。」をミッションに、専門知を社会に残る知的資産として構築することを専門とする。