黒字であれば、会社は続けられる。事業承継を考えるとき、その前提だけでは捉えきれない問題があります。経営者が仕事を続けられなくなり、次の担い手が見つからなければ、利益の出ている事業でも終わりを迎えることがあるからです。
税理士・都 鍾洵(みやこ しょうじゅん)氏の『M&A伴走税理士白書』第1章は、廃業を経営成績だけで捉えず、事業を引き継ぐ支援の問題として考えています。発行・編集を担うエクスプレッソ・パブリッシングが、その視点を解説します。
01廃業と、経営の失敗を分けて考える
第1章は、帝国データバンクの2025年の休廃業・解散に関する調査を取り上げ、黒字の企業も廃業していることを示しています。
ここから見えてくるのは、経営成績が良くても、承継の準備は後回しにできないという問題です。白書も第1章の結びで「『そのうち考えよう』では間に合いません」と述べています。利益を生む力があることと、その事業を誰かに渡せる状態にあることは、同じではありません。
日々の売上や資金繰りが安定していても、後継者が決まらないまま経営者が引退する時期を迎えることがあります。都氏は、こうした事業にも引き継ぐ選択肢を提示できる支援体制が必要だと考えています。
黒字であることだけをもって、第三者への譲渡が可能だと判断することもできません。事業の状態や引き受け手の有無を確かめる必要があります。白書は「黒字経営であっても、後継者が見つからず廃業に至るケースは少なくありません」と指摘しています。ここから言えるのは、経営成績から一足飛びに結論を出さず、承継の課題を別の問いとして扱う必要があるということです。
02一つの事業が終わると、何が失われるか
白書は、廃業を経営者一人の問題にとどめていません。従業員の雇用、得意先との取引、その事業で培われたノウハウにも目を向けています。
取引先の事業がなくなれば、それまで仕入れていたものや依頼していた仕事を、別の相手に求めなければなりません。地域の供給網を担う企業であれば、影響が周囲の事業者へ広がる可能性があります。第1章では、2025年版中小企業白書の記述を参照して、この点を説明しています。
事業を引き継ぐことには、経営者が引退するための出口をつくると同時に、その事業が支えてきた関係を次へ渡す意味があります。都氏が廃業を減らしたいと考える背景には、この視点があります。
03相談を始める時期も、支援の一部になる
後継者がいないと分かってからでも、第三者に譲る道を探すことはできます。ただし、引き受け手を探し、条件を検討し、事業を引き継ぐには準備が必要です。
第1章は、事業承継に時間を要する調査結果を取り上げています。この調査はサプライチェーン事業承継を対象としたもので、あらゆる承継に一律の期間を示すものではありません。それでも、承継を考え始める時期が選択肢に関わることは、読み取るべき論点です。
都氏は、経営者のそばにいる顧問税理士が、早い段階でM&Aという選択肢を提示する必要性を述べています。日頃の顧問関係を通じて財務と経営者の意向を把握している立場は、第5章で「関係性資本」として論じられています。決算の話とともに将来の事業をどうするかという話題を持ち、その関係を承継の相談へ広げることは、こうした白書の提言を実務に置き換えたものと読めます。
04「廃業の多さ」と「承継の余地」を、慎重につなぐ
第1章では、第三者承継の実施件数の増加も扱っています。一方で、休廃業・解散の件数とM&Aの件数は、対象や集計年度が違うため、単純比較できないことを明記しています。
廃業した企業のすべてが、M&Aによって引き継げたとは言えません。都氏の提言は、事業性や承継可能性のある企業に、早い段階で選択肢を届けるという方向を示すものです。
その支援を考えると、譲る側だけでなく、引き受ける買い手が適切に判断できる体制も必要になります。次の第2章は、その買い手が直面するリスクに焦点を移します。
05白書第1章を読む
本記事は『M&A伴走税理士白書』第1章「小規模事業者の廃業実態と後継者不在の構造」に基づく解説です。統計の数値・対象・調査時点は、白書本文と出典一覧で確認できます。
本記事は著者の提言を紹介するものであり、個別のM&Aの可否や税務判断を示すものではありません。個別の事案は、税理士等の専門家にご相談ください。

