買収したい事業が見つかり、条件の話も進み始めた。そのとき、その事業の財務実態を、買い手の立場から誰が確かめるのでしょうか。
税理士・都 鍾洵(みやこ しょうじゅん)氏の『M&A伴走税理士白書』第2章は、買い手が仲介の提案だけに依存して判断することのリスクを扱っています。発行・編集を担うエクスプレッソ・パブリッシングが、支援者の立場と財務検証の意味を解説します。
01成約を支える役割と、買い手の判断を支える役割
仲介会社は、相手探しや交渉などを支え、取引の成立に関わります。その一方で、買い手には、提示された価格や条件で事業を引き受けるべきかを検討する必要があります。
第2章で都氏が問題にするのは、成約と支援者の経済的利益が結びつく場合、取引の成立が優先されるおそれがあるという構造です。白書は中小M&Aガイドライン第3版を参照し、個々の担当者の倫理観ではなく、報酬の仕組みと、買い手側に専従する助言者がいないという市場の構造に目を向けています。
取引が成立することと、買い手にとって良い判断であることは、別々に確かめなければなりません。都氏は、買い手側に立って条件とリスクを検討できる専門家の必要性を、ここから説明しています。
02財務DDは、価格を確かめるだけの手続きではない
財務デューデリジェンス(DD)は、買収候補先の財務状況を調べるプロセスです。第2章では、売掛金の回収可能性、資産や負債の計上、簿外債務などが、買い手の判断に関わる例として挙げられています。
調査の結果、想定していた財務実態と違うことが分かれば、価格や取引条件の検討に影響します。問題の大きさによっては、進め方を見直したり、見送ったりする判断も必要になります。
都氏が財務DDを重視するのは、単に確認事項を埋めるためではありません。白書が財務DDを「このM&Aを続けるか、撤退するか」を判断するための最重要プロセスと位置づけているように、その判断に必要な情報がここで得られるからです。検証する人が不在のまま進めば、成約後に初めて問題を知る可能性があります。
03買収後の課題も、検討段階から見ておく
第2章は、M&A後の満足度と、PMIへの取り組みに関する調査も紹介しています。PMIとは、M&A成立後に行う経営統合のことです。
白書は、満足度が高い買い手ほど、相手企業の経営者や従業員との相互理解などの取り組みを行った割合が高いという関連を取り上げています。調査上の関連であり、PMIを実施すれば必ず満足できるという因果関係の証明ではありません。
ここでの論点は、契約が成立した時点だけを見て、買収の良し悪しを判断できるかということです。事業を引き受けた後に経営をどう動かすかまで見据えると、検討段階で確認すべきことも変わります。
財務DDで把握した課題を、買収後の統合支援へ渡す。第2章の問題提起は、第4章の一貫支援モデルへ続いています。
04買い手に必要なのは、見送る助言もできる相手
都氏は、報酬の主軸を成約に依存させず、顧問先の立場で助言できる支援者を提言しています。
財務を確かめ、問題があれば立ち止まる。成長につながる可能性が高ければ、進める判断を支える。どちらの場合にも、判断の根拠を整理する仕事には価値があります。
仲介会社からの提案を受けることと、買い手の判断を支える専門家に相談することは、両立する支援として考えられます。都氏の白書を読むときは、仲介会社の良し悪しだけに議論を閉じず、買い手側で誰が何を確認するかに注目すると、提言の意味が見えてきます。
05白書第2章を読む
本記事は『M&A伴走税理士白書』第2章「買い手が直面するリスクの実態」に基づく解説です。ガイドラインの記述や調査結果は、白書本文と出典一覧で確認できます。
本記事は著者の提言を紹介するものであり、個別のM&Aの可否や税務判断を示すものではありません。個別の事案は、税理士等の専門家にご相談ください。

