顧問先の財務は把握している。しかし、M&Aの相談には関わりにくい。その間には、どのような壁があるのでしょうか。
税理士・都 鍾洵(みやこ しょうじゅん)氏は、『M&A伴走税理士白書』第3章で、自らも長くM&Aに踏み込めずにいたと述べています。発行・編集を担うエクスプレッソ・パブリッシングが、その経験から挙げられた三つの壁と、段階的な関与という提案を解説します。
011. 「自分の仕事ではない」という認識
都氏が挙げる一つ目の壁は、DDは税理士の独占業務ではないから関与しなくてよい、と考えてきたことです。
M&Aには、相手探し、財務調査、法務の確認、条件の検討、買収後の経営統合など、さまざまな仕事が含まれます。これらをひとまとまりに考えると、普段の顧問業務とは遠い仕事に見えるかもしれません。
第3章は、税理士が培ってきた会計・税務の知識を生かせる領域に目を向けています。同時に、体系的に学ぶ必要性も述べています。日常業務の経験を足場にしながら、体系的に学ぶ場でM&A固有の知識を身につける。その道筋が最初の壁への答えです。
022. リスクへの忌避感──「関与して問題が起きたら」という不安
二つ目は、責任やリスクへの不安です。M&Aは顧問先の将来に大きく関わるため、助言することへの負担は軽くありません。
白書では、成約に報酬の主軸を置かないモデルを、関与する際の考え方として示しています。成約を目指すことだけでなく、検証して見送る判断にも仕事の価値を置く設計です。
報酬の仕組みを変えることと、業務上の責任がなくなることは別です。第3章の記述にも、業務範囲・契約・責任分担は案件ごとに確認が必要である旨が添えられています。第4章で示される他士業との連携とあわせて、どの範囲を自分が担うかを考える必要があります。
都氏は、関与を避けると、経営者が選択肢に気づけないという別の問題が残ることも指摘しています。責任の重さを踏まえて支援の範囲を設計する、という読み方が重要です。
033. 日常業務の多忙さ
三つ目は、新しい仕事に取り組む余裕がないことです。知識の習得が必要だと分かっていても、日々の業務のなかで時間を確保するのは簡単ではありません。
都氏は、セカンドオピニオンからの段階的な関与を提案しています。最初から相手探しやすべての支援を担うのではなく、提示された仲介提案や案件の妥当性を、価格・スキーム・リスクの面から検証するところから始めるという考え方です。
白書はこれを「セカンドオピニオンという軽い関与から始める」と表現しています。ここでいう「軽い関与」は、準備や責任を軽く扱うという意味ではありません。セカンドオピニオンも専門的な判断を伴う仕事であり、担う範囲を区切り、経験を積みながら関与を深める道筋として理解できます。
04顧問先が「相談してよい」と知らなければ、相談は届かない
第3章は、税理士側の壁に加え、顧問先側の認識にも触れています。
経営者が、顧問税理士にM&Aを相談してよいか分からなければ、相談は別の窓口へ向かいます。税理士が支援できることと、経営者がそれを知っていることは、別々の課題です。
都氏は、この認知の差について、税理士が関与できない最大の理由は知識でも制度でもないのかもしれない、と述べています。「M&A伴走税理士」という職能を言葉にして共有することには、経営者が相談できる相手を知るという意味もあります。
05継続的な顧問関係を、どこで生かすか
第3章の後半では、買い手支援と売り手支援を、税理士の事業モデルから比較しています。
都氏は、買い手には買収後も経営上の課題が続き、継続顧問として関われることを、支援の主軸に据える理由として挙げます。買い手支援は、継続顧問を中心とする税理士の事業モデルが持続可能に機能する場所だからです。
売り手には、出口戦略やセカンドオピニオンの助言として関わる道を残しています。ただし、成約後の顧問関係の継続を前提にせず、スポット型の支援として設計します。主軸は買い手側に置く。それは売り手と買い手のどちらが大切かという価値判断ではなく、事業モデルから導かれる、というのが都氏の整理です。
06白書第3章を読む
本記事は『M&A伴走税理士白書』第3章「なぜ私たち税理士は、M&Aに関与してこなかったのか」に基づく解説です。
本記事は著者の提言を紹介するものであり、個別のM&Aの可否や税務判断を示すものではありません。個別の事案は、税理士等の専門家にご相談ください。

