同じ財務データを見ていても、その数字が生まれた経緯を知っているかどうかで、次に確かめるべきことは変わります。
税理士・都 鍾洵(みやこ しょうじゅん)氏は、『M&A伴走税理士白書』第5章で、顧問関係を通じて蓄積した企業への理解と信頼を「関係性資本」として捉えています。発行・編集を担うエクスプレッソ・パブリッシングが、この強みと、顧問としてM&Aに関わる職能像を解説します。
01数字を、企業の文脈と重ねて読む
第5章で都氏は、業種によって同じ原価率の意味が違うことを例に挙げています。数字だけを見ることと、業種の特性や経営の経緯を踏まえて読むことには、違いがあるという説明です。
顧問税理士は、継続的な関与を通じて、その会社の変遷や業界の事情、社長の人柄を知る立場にあります。こうした理解も、助言の文脈になります。
都氏が「関係性資本」と呼ぶのは、こうした企業の理解と信頼です。企業の文脈や経営者の人柄を理解したうえで最適解を示せる強みとして位置づけています。
02経営者が、本音を話せる相手であること
関係性資本は、数字の読み方だけに関わるものではありません。
第5章は、経営者が廃業や譲渡について本音を話せる関係にも目を向けています。「本当は廃業したくない。でも後継者もいない」。白書は、こうした本音を知っているかどうかが、意思決定の質を左右すると述べています。
都氏は、この信頼を、M&A支援に生かせる税理士の強みとして述べています。顧問として積み重ねた関係を、事業の将来を決める場面でも生かすことが、提言の中心にあります。
03職能を支える三つの価値
第5章は、M&A伴走税理士の価値を三つに整理しています。
- 成約に依存しない報酬の主軸:進める助言と見送る助言を、顧問先の利益を基準に行うための設計。
- 情報の連続性:DDで把握した課題を、PMIと継続顧問へ引き継ぐこと。
- 関係性資本の活用:企業の経緯や経営者の意向を踏まえて判断を支えること。
記事の整理として見ると、この三つは互いにつながっています。顧問先をよく理解していることを判断に生かし、検証の結果は買収後まで引き継ぐ。その過程で、成約の有無に左右されずに助言できる報酬の仕組みを持つ。都氏は、立場と支援の流れと報酬を合わせて職能を描いています。
04買い手支援と、売り手への関与を両立させる
M&A伴走税理士の主軸は、買い手への一貫支援です。買収後も続く顧問関係に、その専門性を生かします。
同時に、第5章は売り手への関わり方も具体化しています。事業をいつ、誰に、どう引き継ぐかという出口戦略への助言、提示された条件へのセカンドオピニオン、複数の仲介会社の紹介と比較支援です。
売り手に対しては、譲渡後も顧問関係が続くことを前提とせず、スポット型の関与として設計します。買い手には引き受けた後の経営を支える仕事があり、売り手には引き継ぐ前の判断を支える仕事がある。買い手支援と売り手支援の両輪で、廃業の構造に向き合う提案です。
05紹介料の有無だけで、立場を説明しない
第5章は、仲介会社の紹介によって成約時に紹介料を受け取る形を、実務上ありうる選択肢として否定していません。そのうえで、顧問先から受け取る相談料・助言対価を報酬の主軸に置くことを原則としています。
ほかにも、複数の仲介会社を紹介して顧問先自身に選んでもらうこと、紹介料の有無にかかわらず、買い手のマイナス面や評価の根拠を売り手に隠さないことを挙げています。
都氏が示すのは、報酬の一項目だけで支援の適切さを判断せず、誰のために助言し、どの情報を開示し、条件に問題があるときに異を唱えられるかまで考える設計です。紹介料があっても利益相反への注意が不要になる、という意味ではありません。
06海外の例を、日本の提言を考える材料にする
第5章では、米国の事業の出口計画を支援する民間資格や、英国のコーポレートファイナンス専門家のコミュニティも紹介しています。
これらは、日本の行政による登録制度とは制度の性質が異なります。白書も、民間資格・任意加入のコミュニティ・行政登録という違いを明記しています。
そのうえで白書は、こうした職能が米英ではすでに確立されており、日本でも今、求められていると述べています。海外の取り組みを踏まえて、日本で顧問関係をどう生かすかを考えることが、この章の位置づけです。
07白書第5章を読む
本記事は『M&A伴走税理士白書』第5章「M&A伴走税理士という新しい職能像」に基づく解説です。具体的な支援の流れは、第4章とあわせて読むと理解しやすくなります。
本記事は著者の提言を紹介するものであり、個別のM&Aの可否や税務判断を示すものではありません。個別の事案は、税理士等の専門家にご相談ください。

